「実はホワイト企業なのに、それが伝わらない」。大阪府にある金属加工メーカー(以下A社)の採用担当者はこう話します。従業員約40名。職場環境や待遇に自信があっても、求職者に知られていなければ応募にはつながりません。
A社はこの課題に対し、ストークベースとともにYouTube採用動画を4本制作しました。公開からおよそ2年が経過した現在、動画の合計再生回数は25,000回超。入社した社員が「YouTube出てましたよね」と話すなど、ターゲットである学生にも届いています。
この記事では、A社が採用動画を作るまでの判断プロセス、撮影の裏側、公開後に見えてきた成果と変化を、担当者へのインタビューをもとにお伝えします。製造業の採用動画を検討している方に、判断材料として使える情報をまとめました。
目次
このセクションでは、A社が採用動画の制作に至った背景を整理します。製造業で採用に苦戦している企業が「うちも同じだ」と感じるポイントが含まれているはずです。
A社は2019年から新卒採用を開始し、当初は順調に採用できていました。しかし、コロナ以降に状況が変わります。担当者はこう振り返ります。
「コロナ以降に、なかなか採用が思うようにいかなくなって。当時お世話になっていた採用エージェントの担当の方に、認知度を上げるために動画の制作をしてみてはどうですかと案内をいただいた。それがきっかけです」
動画制作を検討し始めた背景には、「応募が減った」という表面的な問題だけでなく、「そもそも自社を知ってもらう手段が限られている」という構造的な課題がありました。
A社にはホームページがあり、会社情報や事業内容は掲載されていました。しかし、ホームページはすでに会社を知っている人には有効でも、まだ会社を知らない人には届きません。
担当者は「ホームページだけでは認知度も上がっていかないし、当社を知りたいと思っている人にだけにしか有効ではなかった」と話しています。
製造業の採用課題は「待遇が悪い」ことではなく、「良い職場であることが求職者に伝わっていない」ことにあるケースが少なくありません。製造業の採用が難しい5つの理由でも解説していますが、「現場が見えない」ことが採用難の根本原因になっています。
ここでは、動画制作を決めるまでの判断プロセスを紹介します。初めて映像制作を外部に依頼する企業がどんな心境で決断したのか、参考になる部分があるはずです。
動画制作はA社にとって初めての経験でした。外部への映像制作の依頼自体も初めてです。
「何が不安なのかもよく分からないっていうところが、正直なところ」と担当者は語ります。不安がなかったわけではなく、動画制作の経験がないため、何を心配すべきかすらわからない状態だったといいます。
あえて言えば不安だったのは「会社にどう伝えて予算を引き出そうか」という社内調整の部分だけだったそうです。これは動画制作そのものへの不安ではなく、初めての取り組みを社内で通すためのリアルな課題です。
依頼を検討する過程で、ストークベースが過去に制作した物流会社の密着動画を事前に見てもらいました。
「あれを見て、自分の会社に置き換えたときに、どうなるんだろうっていうワクワク感しかなかったです」
実際に出演するのは若手社員たちであり、自分が出るわけではないからこそ楽しみだったと笑いながら話してくれました。初めての動画制作を「リスク」ではなく「楽しみ」として捉えられた背景には、完成イメージが事前に共有されていたことが大きかったようです。
このセクションでは、実際の撮影がどのように行われたかを紹介します。「社員が緊張しないか」「撮影は大変ではないか」という懸念を持つ企業に向けて、撮影現場のリアルをお伝えします。
A社の採用動画は、社員の1日密着、新入社員インタビュー、女性社員の仕事紹介、新工場見学の4本で構成されています。出演したのは入社1年半から2年目の若手社員たちです。
撮影では、固定の台本に沿って進めるのではなく、撮影スタッフが会話をリードしながら自然な受け答えを引き出す方法を採りました。担当者によると「台本がしっかりあるわけではなかったので、出演者のメンバーも緊張しないでやってもらえた」とのこと。
印象的なエピソードがあります。出演した社員に感想を聞くと、「撮影中は緊張してなかったけど、出来上がったものを見てから緊張した」と言っていたそうです。撮影そのものよりも、完成した動画に自分が映っていることの方がインパクトがあったのでしょう。
密着撮影で意識するのは、台本で「言わせる」ことよりも、現場に入って会話しながら自然な反応を引き出すことです。結果として、作り込まれた企業紹介ではなく、「この職場で実際に働く人たちの空気感」が映像に残ります。密着動画の作り方と撮影のポイントで、この手法の詳細を解説しています。
動画制作は、撮影に参加した社員だけでなく、社内全体にも影響を与えました。
動画の完成後、社内では「とにかく登録してね」と呼びかけが行われ、「今再生回数何回やな」と社員同士で話題にする場面が見られたそうです。好意的な反応が多く、特に若い社員からは「もっとこういうSNSも使った方がいいですよ」と、採用活動全体への提案が出るようになりました。
動画をきっかけに、採用について社内でオープンに話せる空気が生まれたことは、当初の目的である「認知度向上」とは別の副次的な効果です。
ここからは、採用動画の公開後に確認できた成果を整理します。効果データと担当者の証言の両面からお伝えします。
A社がYouTubeに公開した4本の採用動画は、公開からおよそ2年で合計25,000回以上再生されています。内容は社員の1日密着、新入社員インタビュー、女性社員の仕事紹介、工場見学の4本です。中でも1日密着動画は15,000回以上再生されており、4本の中で突出しています。
特に注目すべきは、再生数の伸びるタイミングです。担当者は「3月1日に会社説明会の解禁日と言われている日。2月、3月あたりから再生回数がうわーっと伸びた」と話しています。就職活動が本格化する時期に、学生が企業研究の一環として動画を視聴していることがわかります。
さらに、再生回数の増加と連動して、採用エージェントの企業ページのPV(ページビュー)も伸びたことが確認されています。YouTubeの動画から企業に興味を持ち、エージェント経由でより詳しい情報を確認するという行動が起きていたと考えられます。
採用動画の効果をデータで検証した記事では、採用動画全般の効果を統計データとともに解説しています。
効果を裏付けるもう一つの事実があります。動画公開後にA社に入社した社員が、社内の挨拶回りの際に「YouTube出てましたよね」と出演者に声をかけたのです。
担当者は「採用するターゲットが、しっかりそれを見てくれていたっていうことでは、狙い通りだったのかなと思います」と話しています。
採用動画の効果は「再生回数が増えた」だけでは証明できません。実際にターゲットとなる求職者が動画を視聴し、入社につながっているという事実が、動画の効果を裏付ける最も確かな証拠です。
動画制作は「作って終わり」ではありませんでした。A社では、動画を公開した後に新たな気づきが生まれています。
動画を見返す中で、担当者には改善したい点が浮かんできたそうです。
「動画を見返したときに、もっとこういうふうにここは伝えた方が良かったなと。当時は本当に何もわからないまま進めましたけども、これを見てもらうターゲットはやはり学生さんだから、学生さん目線で考えたときに、もっとこういう見せ方をした方が良かったかなと」
最初の制作では「何がわからないかもわからない」状態でしたが、完成した動画を実際に運用する中で、「次はここをもっと工夫したい」という具体的な視点が生まれています。これは一度作ったからこそ見える改善点です。
動画制作をきっかけに、社内の若手社員から自発的な提案が出るようになりました。「僕らが今実際にやっている採用活動以上に、もっと今どきな打ち出し方を、『こういうふうにもっとこんなん使った方がいいですよ』とか、『SNSもこんなん使った方がいいですよ』とか、そういうことを実際に言ってくれたりとか」と担当者は話しています。
採用活動を「会社の一部の人がやること」から「社員みんなが関わること」に変えたいと考えている企業にとって、動画は社内の意識を変えるきっかけにもなり得ます。
製造業の採用動画は、業種特有の課題を解決する手段として合理性があります。ここでは、なぜ製造業と採用動画の相性が良いのかを3つの観点で整理します。
製造業の有効求人倍率は全職業平均を上回る水準が続いており、令和7年度の一般職業紹介状況では全体で1.20倍が発表されています(厚生労働省 一般職業紹介状況 令和7年度分)。
求人倍率が高いということは、求人を出しても他社との取り合いになるということです。認知度が低い企業ほど、そもそも比較検討の土俵に上がれません。
動画はホームページや求人票と違い、YouTube検索・関連動画・SNSシェアを通じて「まだ会社を知らない層」に届きます。冒頭で紹介したA社も、この構造を利用して認知度を上げました。
エン株式会社が20代・30代のビジネスパーソン929名に実施した調査では、87%が「入社後にギャップを感じた経験がある」と回答しています(エン株式会社 AMBIユーザーアンケート 2024年5-6月調査)。ギャップの上位は「職場の雰囲気」「仕事内容」で、いずれも文字情報では伝わりにくい要素です。
動画で社員が実際に働く姿を見せておくと、入社前に「雰囲気」と「仕事内容」の解像度が上がります。応募段階でミスマッチする候補者が減り、入社した人が定着しやすくなります。
製造業は「きつい・汚い・危険」というイメージが残りやすい業種です。求職者側が更新されていない情報で敬遠している場合、動画で現在の現場を見せることが最も早い対策になります。
たとえば整った作業環境、機械化された工程、女性社員が活躍している現場を映像で見せると、テキストの説明よりも説得力が出ます。A社のケースでも、女性社員の仕事紹介動画は「実際にこういう人が働いている」ことを可視化する役割を果たしていました。
製造業の採用動画は、目的に応じていくつかの型に分かれます。ここでは代表的な4タイプの特徴と、それぞれが向く場面を整理します。
社員1人の出社から退社までを追いかける形式です。1本あたり5〜15分程度で、仕事の流れと職場の空気感を通しで見せられます。
向いている場面は「工程が多い」「複数部署が連携する」「見学しないと全体像が伝わりにくい」ケースです。A社の1日密着動画は15,000回以上再生されており、4本のうちで最も伸びました。
入社1〜3年目の若手や、キャリアを積んだベテランに、仕事内容・入社理由・働き方を語ってもらう形式です。1本3〜5分程度が中心で、複数本シリーズにするパターンも多くあります。
若手ハイキャリア調査でも「実際に働く社員のインタビューが最も印象に残る」という結果が出ており、志望度を上げる効果が期待できます。
設備・機械・作業環境そのものを主役にした動画です。「3K」イメージを覆したい場合や、技術力・清潔感・安全対策を訴求したい場合に向きます。ドローンやタイムラプスを使うことで、視覚的にも印象に残ります。
新卒2〜3人が横並びで話すフォーマットです。就活生と年齢の近い出演者を選ぶことで、視聴者が自分を重ねやすくなります。1本あたり5〜10分程度。
「先輩がしっかりしすぎていて自分にはハードルが高そう」と感じさせないためのバランス調整として機能します。
製造業の採用動画制作は、大きく分けて「企画設計 → 撮影 → 編集・公開」の3ステップで進みます。それぞれの工程で決めるべきことを整理します。
最初に決めるのは「誰に、どんな職場体験を届けたいか」です。新卒か中途か、事務系か技術系か、地元か広域か。ターゲットが決まると、選ぶ動画タイプ・出演者・撮影場所が自動的に絞り込まれます。
同時に「動画を見た後にどう動いてほしいか」も決めます。応募フォームに進んでほしいのか、まず会社説明会にエントリーしてほしいのか。ここが曖昧だと、動画の締めが弱くなります。
撮影は現場で行います。製造業の場合、騒音・粉塵・安全通路・機械稼働スケジュールなど、オフィス撮影とは違う制約が出るため、事前の下見と現場責任者との打ち合わせが必要です。
出演者からの言葉の引き出し方は、固定台本より会話ベースが効果的です。台本で「言わされている」感が出ると、視聴者は違和感を覚えます。A社のケースでも、台本を細かく作らずスタッフが会話をリードする方式で、若手社員の素の反応を引き出せていました。
編集では「何を、どの順番で見せるか」で情報の伝わり方が変わります。冒頭15秒で職場の雰囲気・出演者・見せどころが伝わる構成にすると、離脱率を抑えられます。
公開先は求職者が実際に情報収集する場所を選びます。YouTube検索・関連動画からの流入を狙うなら、タイトルとサムネイルを検索意図に合わせて設計します。採用サイト・エージェントページに埋め込むと、比較検討段階の候補者に届きます。A社は3月1日(会社説明会解禁日)前後にYouTube側で再生数が急伸しており、公開場所と時期の組み合わせが効いていました。
製造業の採用動画にかかる費用と制作期間の目安を、動画タイプ別に整理します。あくまで一般的な相場感で、機材・出演者数・撮影日数・編集ボリュームによって変動します。
| 動画タイプ | 費用レンジの目安 | 制作期間の目安 |
|---|---|---|
| 社員インタビュー動画(1本) | 30〜80万円 | 1〜2ヶ月 |
| 1日密着動画(1本) | 50〜150万円 | 1.5〜3ヶ月 |
| 工場・現場紹介動画 | 40〜120万円 | 1.5〜2.5ヶ月 |
| シリーズ複数本パッケージ | 150〜400万円 | 2〜4ヶ月 |
費用に大きな幅があるのは、撮影日数と出演者数の違いが主因です。1日で数名を撮り切るのか、複数日に分けて工場全体を回るのかで工数が変わります。
制作期間は、企画の合意形成に時間がかかるほど後ろにずれます。決裁ルートと出演候補の社員のスケジュールを、企画スタート時点で押さえておくと予定通りに進みやすくなります。
1本の動画あたり、下見1日+本撮影1〜2日が目安です。1日密着動画は社員1人の1日を追うため、丸1日を確保します。複数本を同時撮影する場合は、社員のシフトと工場稼働を踏まえて2〜4日に分ける構成にすることが多いです。
可能ですが、事前の現場下見が必須です。騒音下ではガンマイクとピンマイクを併用したり、撮影時間帯を機械稼働の合間に合わせたりする対策を取ります。安全通路の確保、ヘルメット・安全靴の着用、機械の稼働スケジュール調整など、現場責任者との打ち合わせで進めます。
台本を細かく決めない撮影方法を選べば、出演者の負担は小さくなります。A社のケースでは、撮影スタッフが会話をリードする形で若手社員が緊張せずに話せていました。「撮影中は緊張しなかったけど、出来上がりを見て緊張した」というのが出演者の実感です。
事前に出演目的と使用範囲(YouTube公開・採用サイト掲載など)を説明しておくと、社員側が安心して協力できます。
YouTubeチャンネル・自社採用サイト・採用エージェントページの3つに配置するのが基本です。YouTubeは検索・関連動画からの新規接点、採用サイトとエージェントページは比較検討段階の候補者向けです。
A社は会社説明会解禁日(3月1日)前後にYouTube側で再生数が急伸しており、就職活動の時期に合わせて置いておくことで自然に届きました。
最初は1〜2本で始め、運用しながら手応えを見て追加する進め方が現実的です。いきなり4〜5本作ると、企画・撮影・編集のリソースが集中して負荷が高くなります。
A社は1日密着動画・新入社員インタビュー・女性社員の仕事紹介・工場見学の4本構成でしたが、1本作ってみて「次はこう見せたい」という改善視点が出てから、次の企画が組みやすくなります。1本作ることを次のアクションに繋げる前提で設計するのが、失敗しない進め方です。
最後に、A社の事例から導き出せるポイントを整理します。製造業で採用動画を検討している方が、自社の計画に活かせる形でまとめました。
ドキュメンタリー動画の活用と判断基準では、密着撮影の手法がどのような企業に向いているかを解説しています。
A社の事例から見えたことを3つに整理します。
採用がうまくいかない本当の原因では、業種を横断した採用課題の構造を解説しています。