「入社して半年も経たないうちに辞められた」「また採用からやり直しか」。こうした経験を繰り返していないでしょうか。早期離職は、採用コスト・育成コストの損失にとどまらず、残った社員の負担増やチームの士気低下にもつながる経営課題です。
この記事では、早期離職がなぜ起きるのかを一次データで整理したうえで、原因の中心が「入社前の情報ギャップ」にあることを示し、業界標準に沿った採用段階の打ち手(RJP・動画コンテンツ・面接設計・オンボーディング接続)を並列で解説します。多くの対策記事が扱う「入社後のフォロー強化」だけでは不十分な理由と、その補い方に焦点を当てています。
目次
まず、早期離職がどれほどの規模で起きているかを、求職者側と企業側の両面から確認します。
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(令和4年3月卒)によると、大卒の就職後3年以内の離職率は33.8%です。およそ3人に1人が、入社3年以内に会社を去っています。この割合は過去20年以上にわたって3割前後で推移しており、改善の兆しが見えていません。
離職率は業種によって大きく異なります。
| 産業 | 大卒3年以内離職率 |
|---|---|
| 宿泊業、飲食サービス業 | 55.4% |
| 生活関連サービス業、娯楽業 | 54.7% |
| 教育、学習支援業 | 44.2% |
| 医療、福祉 | 40.8% |
| 小売業 | 40.4% |
| 全産業平均 | 33.8% |
出典: 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」令和4年3月卒
宿泊業では2人に1人以上が3年以内に辞めています。人手で回す現場産業ほど離職率が高い傾向にあり、製造業の採用が難しい理由や建設業の採用課題で解説してきたように、1人の離職が現場に与えるインパクトは大きくなっています。
求職者側の統計だけでは実態は掴みきれません。企業側の視点で見ると、より短期の離職が広く発生しています。
エン・ジャパンが人事担当者向けサイト「人事のミカタ」で実施した「早期離職」実態調査(2025年5月発表、n=291社)によると、直近3年で「入社半年以内の早期離職があった」と回答した企業は57%にのぼります。企業規模別では300〜999名で80%、1,000名以上で73%と、規模の大きい企業ほど当てはまる割合が高くなっています。
同調査では、早期離職の要因として「仕事内容のミスマッチ」が57%で最多、次いで「人間関係の問題」35%と続きます(エン・ジャパン「早期離職」実態調査 2025年、n=291社)。「早く辞められる企業」は一部の例外ではなく、業種を問わず起きている構造的な問題であることが読み取れます。
早期離職のコストは、多くの経営者が想像する以上に大きいものです。
リクルート「就職白書2020」によると、新卒の採用コストは1人あたり93.6万円です。しかし実際の損失はこれだけではありません。入社後の研修費用、OJTに費やした先輩社員の工数、引き継ぎの手間、後任の再採用費用まで含めると、入社3ヶ月での離職で約187.5万円の損失になるという試算があります(ミキワメラボ)。在籍期間が長くなるほど損失額は膨らみ、3年以内の離職では数百万円規模に達します。
この金額を「仕方のないコスト」として受け入れるか、「防げるコスト」として対策を打つか。判断の前に、まず自社の現在地を測る必要があります。
早期離職の裏返しとなる指標が「定着率」です。自社の数字が業界平均より高いのか低いのかを知ることで、優先度の高い打ち手が見えてきます。
定着率とは、一定期間内に入社した社員のうち、現在も在籍している人の割合です。離職率と表裏の関係にあり、定着率 = 100% − 離職率で換算できます。定着率が90%なら離職率は10%、離職率20%なら定着率は80%です。
厚生労働省の統計では公式に「離職率」が使われますが、求人票や採用サイトでは「定着率」の方が前向きな印象を与えるため頻繁に使われます。数字の性質は同じなので、比較のときは片方に揃えて計算します。
計算式はシンプルです。
定着率(%)= 一定期間後の在籍者数 ÷ 入社時の人数 × 100
たとえば、2023年4月に10名が入社し、2026年4月時点で7名が在籍していれば、3年定着率は70%です。計算の注意点は2つあります。
厚生労働省「令和5年 雇用動向調査」によると、全産業の平均離職率は15.4%、これを定着率に換算すると全体の平均定着率は約85%です。
自社の3年定着率が業界平均より10ポイント以上低い場合、労働条件や評価制度以前に、採用段階で伝えている情報の量と質を見直す必要があります。次章以降で、なぜ「入社前」に問題が発生しているのかを見ていきます。
「退職面談をしたけれど、『別のことがやりたい』としか言われなかった」。こうした経験に心当たりはないでしょうか。退職理由を正確に把握できていないまま対策を打っても、的外れになります。
エン・ジャパンが運営する「エンゲージ」のユーザーアンケート(2024年)では、退職経験者の54%が「会社に伝えなかった退職理由がある」と回答しています。
本音を伝えなかった理由のトップは「話しても理解してもらえないと思ったから」(46%)。次いで「円満退社したかったから」(45%)、「言う必要がないと思ったから」(33%)が続きます。
辞める側にとって、退職面談で本音をぶつけるメリットはほぼありません。波風を立てず、残りの在籍期間を穏やかに過ごしたい。その心理は自然なものです。しかし企業にとっては、本当の原因がわからないまま同じ問題が繰り返されることになります。
同じエンゲージの調査では、会社に伝えた退職理由の第1位は「別の職種にチャレンジしたい」でした。一方、会社に伝えなかった本当の退職理由の第1位は「人間関係が悪い」です(エン・ジャパン「本当の退職理由」調査 2024年)。
「キャリアアップのため」「家庭の事情」といった当たり障りのない理由の裏に、「聞いていた仕事内容と違った」「職場の雰囲気が合わなかった」という本音が隠れています。この「表向きの理由」だけを集めて対策を立てても、離職率は改善しません。
では、本当の退職理由として多い「人間関係」「仕事内容のミスマッチ」は、なぜ起きるのでしょうか。
多くの早期離職対策は、入社後に焦点を当てています。オンボーディングの強化、1on1ミーティングの導入、エンゲージメントサーベイの実施。これらは有効な施策ですが、対症療法の側面があります。
離職の原因そのものに目を向けると、問題は入社前にすでに発生しています。この構造は採用ミスマッチの原因と対策でも扱っていますが、本記事では「入社後の離職」に絞って掘り下げます。
エン・ジャパンが運営する若手向け転職サービス「AMBI」のユーザー929名を対象にした調査(2024年)によると、87%が「入社後にギャップを感じた経験がある」と回答しています。
さらに重要なのは、ギャップを感じた人の約7割(67%)が、そのギャップが理由で転職・転職活動を経験したという点です。つまり早期離職の多くは「入社後に何か問題が起きた」のではなく、「入社前に持っていた期待と現実が違った」ことが引き金になっています。
同じAMBI調査によると、求職者の64%は求人選びで「自分にできそうか」を重視しています。就職活動中に知りたかった情報の上位は「実際の勤務時間・残業時間」「具体的な仕事内容」「人間関係・職場の雰囲気」の順です(エン・ジャパン AMBI調査 2024年)。
さらに、公式情報だけでは判断できず、70.6%が口コミ・SNSも確認しています。理由の1位は「ネガティブな情報も含めて判断したい」58.1%。求人票の綺麗な言葉ではなく、社員の本音や不満点、実際の残業時間、給与や待遇の実態、職場の人間関係を、非公式ルートを回ってでも掴みにいっているのが実態です。
企業側が「公式サイトに書いてある」と思っている情報と、求職者が「本当に確かめたい」情報の間には、大きな溝があります。
同じAMBI調査で、入社後にギャップを感じた項目のトップは以下の通りです。
注目すべきは、これらが全てテキスト情報では伝わりにくい性質の情報だということです。「仕事内容」は求人票に書けますが、仕事のテンポや忙しさの波は文字では伝わりません。「職場の雰囲気」は「アットホームです」と書いても、読む側には何も伝わりません。「人間関係」に至っては、求人票に書きようがない情報です。
退職理由の上位に「人間関係」「仕事内容のミスマッチ」が来るのは、入社前にこれらの情報を正確に伝えられていないからです。問題は社員の適性や根性ではなく、採用プロセスで伝えている情報の質にあります。
「ちゃんと求人票に情報を載せているし、面接でも説明している」。そう感じる方もいるかもしれません。しかし、求人票と面接というフォーマットには構造的な限界があります。
求人票のフォーマットは、給与・勤務時間・福利厚生・仕事内容といった条件面の情報を伝えるために設計されています。これらは求職者が最初に確認する情報であり、重要です。
しかし、入社後のギャップが起きやすい「職場の雰囲気」「仕事のテンポ」「チームの人間関係」は、求人票のどの欄にも書く場所がありません。仮に「風通しの良い職場です」「チームワークを大切にしています」と書いたとしても、求職者がそれを読んで職場の空気を想像できるかというと、ほぼ不可能です。
求人票が悪いのではなく、求人票だけでは伝えられる情報の種類が限られているのです。
面接は、求職者と企業がお互いを知るための場です。しかし面接の場で見えるのは、お互いの「よそ行きの顔」です。
企業側は会社の良い面を伝えようとします。求職者は好印象を与えようとします。面接官が「うちは残業少ないですよ」と言っても、それが部署全体の話なのか、繁忙期を除いた話なのか、求職者には判断がつきません。
職場の日常(朝の雰囲気、昼休みの過ごし方、繁忙期のチームの動き方、先輩と後輩の関係性)は、30分から1時間の面接では見えないものです。面接で伝えられるのは「言葉にできる情報」だけであり、言葉にしにくい空気感や雰囲気は、別の手段で伝える必要があります。
入社後のフォロー(オンボーディング、1on1、メンター制度など)は多くの記事で解説されています。ここでは、入社前後を通じて情報ギャップを減らすための業界標準の打ち手を6つ整理します。1つの手段に頼るのではなく、複数を組み合わせて「求人票と面接では埋まらない情報」を補うのが基本形です。採用領域全体の設計は採用課題ガイドを、まず現状の定着率把握からはじめたい方は定着率の考え方を参照してください。
RJP(Realistic Job Preview = 現実的な仕事の事前開示)は、仕事の良い面も大変な面も含めて事前に伝える考え方です。1970年代に米国で提唱され、日本の人事領域でも早期離職対策の基本フレームとして扱われています。
マイナビキャリアリサーチLabの調査(2024年、正社員3,000人対象)によると、RJPを実施している企業は77.8%にのぼります。
「繁忙期は残業が増えることもあります」「夏場の工場内は暑さ対策が必要です」といった大変な面を事前に伝えることは、応募を減らすリスクがあるように見えます。しかし実際には、事前に覚悟した上で入社する人の方が定着しやすいことが多くの研究で示されています。RJPは以降の打ち手(求人情報の書き方、動画コンテンツ、面接設計、職場見学)全ての土台となる考え方です。
求人票に「製造ラインの管理業務」と書くだけでなく、1日の仕事の流れを時間帯ごとに記載します。
これだけで、「製造ラインの管理」が具体的にどんな時間の使い方をする仕事なのかが見えます。求職者が「自分がその場にいたらどうなるか」を想像できる情報を出すことが重要です。
テキストでは伝わらない「職場の雰囲気」「人の表情」「話し方」を伝える手段として、動画コンテンツを採用フローに組み込む企業が増えています。マイナビ「就職モニター調査」(2024年)でも、動画付きの企業情報を「入社意欲が高まった」と回答する学生の割合が年々増加していることが確認されています。
採用向けの動画は、目的に応じていくつかの型に分かれます。業界標準として整理されているのは以下のような型です。
動画は1本作れば終わりではなく、求職者が確かめたい情報(仕事・人・職場)を分けて設計するのが基本です。動画による解決策の詳細は採用動画の効果と種類や採用動画の最新トレンド、密着型の設計思想は密着ドキュメンタリー動画の作り方で解説しています。制作事例は実績ページにまとめています。
テキストでも映像でも伝えきれない情報があります。それは「その場にいる感覚」です。
職場見学や体験入社は、求職者が実際の環境を五感で体験できる唯一の機会です。製造業なら工場の音や温度、建設業なら現場の規模感、ホテルなら接客のテンポ。これらは行ってみなければわからない情報です。
「見学を受け入れる余裕がない」という声もありますが、入社3ヶ月で辞められた場合の損失(約187.5万円)と、半日の見学対応にかかるコストを比べれば、費用対効果は明らかです。
正式な面接の前に、選考とは別のカジュアルな面談を設けるのも有効です。
面接では「選ばれる側」と「選ぶ側」という力関係が生まれるため、求職者は聞きたいことを聞けません。「残業は本当にどれくらいですか」「人間関係で大変なことはありますか」といった率直な質問は、面接の場では出てきにくいものです。
カジュアル面談は、合否に関係しない対話の場として設計します。現場の社員が対応し、仕事の大変な面も含めて率直に話すことで、求職者は「この会社は本音で話してくれる」と感じます。この信頼感が、入社後のギャップを減らすことにつながります。
入社前の情報ギャップを完全にゼロにするのは現実的ではありません。残ったギャップを吸収するのが入社後オンボーディングの役割です。
具体的には、入社後1〜3ヶ月の間に以下を組み合わせます。
入社前の情報開示(①〜⑤)と入社後のフォロー(⑥)を1つの設計として繋げることで、「入社前の期待と現実のズレが、入社後に修正される仕組み」ができます。片方だけを強化しても、離職率は下がりにくいのが実情です。
早期離職の対策は、入社後のフォローだけでは不十分です。この記事のポイントを整理します。
早期離職は「辞める人が悪い」のではなく、「入社前に伝えるべき情報が伝わっていなかった」結果です。採用段階で情報の出し方を変えることで、防げる離職があります。